東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)141号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 前示本願考案の要旨、並びに成立に争いのない甲第二号証の一(実用新案登録願書)、同号証の二(昭和五六年一月一七日付手続補正書)によれば、本願考案は、「自動車の燃料加減装置において、スロツトルレバーを回動させる等、加減部材の制御を司るインナケーブルに関するもので、その目的は、上記インナケーブルの端部が、スロツトルレバー等の曲面に沿つて装着される場合においても、取付作業性が良く、しかも繰返しの荷重に対して耐久性を保持し、さらに耐熱性をも備えることのできる自動車の燃料加減用インナケーブルの端末金具を提供することにある。」(願書添付の明細書第一頁下から第三行ないし第二頁第六行)こと、前示考案の要旨記載の構成により、「インナケーブルは横方向に対して柔軟性を保有し、円弧状の案内溝に沿つてスロツトルレバーに装着する場合にも作業性が良好であるとともに、インナケーブルの曲げ荷重の一部が補強ばねによつて負担されてインナケーブルの曲げ応力が軽減され、インナケーブルは耐久性を有する。」(同第一〇頁下から第四行ないし第一一頁第四行)、「補強ばね(2)が存在しないとき、(中略)インナケーブル(1)が当然に生じる接続金具端部(3A)との当接部位におけるインナケーブルの極端な首折的折曲変位は、本考案構成において完全に阻止されインナケーブルの損傷は救済され(中略)耐久性を著しく向上する。」(昭和五六年一月一七日付手続補正書添付の別紙第二頁第八行ないし第一五行)という作用効果を奏するものであることが認められる。
そして、第一引用例及び第二引用例に審決認定の記載があること、及び本願考案と第一引用例記載のものとの相違点が審決認定のとおりであることは、原告の認めて争わないところである。
ところで、第二引用例記載のもののようにインナケーブルにゴム等の弾性体から成るスリーブ(審決のいう「弾性を有する補強部材」)を嵌合したものの曲げこわさは、スリープがインナケーブルに密嵌しているか否かにかかわらず、両者の個々の曲げこわさの単なる和程度にすぎないこと(請求の原因四、1、(一)、(2))は、当事者間に争いがないが、原告は、本願考案のようにコイルばねをインナケーブルに密嵌(コイル状補強ばねの内周がインナケーブルの外周に常時接触していることを意味することは、当事者間に争いがない。)したものの曲げこわさは、個々の曲げこわさの和より著しく増大していることは理論及び実験結果により明らかであるとし、右主張を前提として、本願考案において前記のとおり接続金具との境界部におけるインナケーブルの極端な折れ曲りによる損傷が防止されて耐久性が著しく向上するという作用効果は第二引用例記載のものの前記作用効果と根本的に相違し、第二引用例記載のものの作用効果から当業者がきわめて容易に予測することはできなかつた旨主張する。
そこで、コイルばねをインナケーブルに密嵌したものの曲げこわさは両者の個々の曲げこわさの和より著しく増大している旨の原告の主張の当否について、以下検討する。
2(一) コイルばねを密嵌したインナケーブルを曲げると、コイルばねの素線はその中心線を中心としてねじれを生ずることは当事者間に争いがないが、原告は、右ねじれにより、コイルばねの素線はインナケーブルに接触した状態でその中心線を中心として回転しようとするが、インナケーブルとコイルばねとの間の摩擦力によりその回転が抑制され、これにより、その曲げ変形が妨げられることとなつて、曲げこわさが大きくなる旨主張する(請求の原因四、1、(一)、(1)参照)。
しかし、コイルばねがインナケーブルに密嵌されていても、コイルばねの素線はそのねじれによりインナケーブルに接触した状態でその中心線を中心として回転しようとすると同時に、インナケーブルの軸方向(長さ方向)へ移動するから、コイルばねの素線の回転と軸方向への移動とが合成され、結局コイルばねの素線の回転という現象は生じないものというべきである。
右のとおりコイルばねがインナケーブルに密嵌されていてもコイルばねの素線が回転するということはなく、したがつて、右回転がインナケーブルとコイルばねとの間の摩擦力によつて影響を受けることもないのであるから、原告の右主張は失当であり、したがつて、コイルばねがインナケーブルに密嵌されている場合には、その間の摩擦力によりコイルばねの素線の回転が抑制されるため、両者を組み合わせたものの曲げこわさは、個々の曲げこわさの和より著しく大きくなる旨の原告の主張(請求の原因四、1、(一)、(1)参照)は採用できない。
原告は、被告が原告の主張に対する反論中で、コイルばね単体で変形(伸縮、曲げ)した場合とインナケーブル単体で変形した場合とで、変形前の両者の接触部分(線)に相当する部分に大きなずれ(すなわちそれぞれの変形の差)があるか否かによつて、両者を組み合わせたときの曲げこわさの著しい増加の有無が決まるとの観点に立つて、変形前のコイルばねの最も内側に沿つて(すなわち螺旋状に)一本の線を書き込んだものと想定し、これを目印としてコイルばね単体を変形させてみた場合、右目印の線は、依然としてコイルの最も内側に位置しており、それが素線の横側とか外側に移動することはないと主張するのに関連して、丸善株式会社発行「改訂二版ばね」に依拠し、コイルばねの変形(伸縮、曲げ)は主として素線のねじれによつて生じ、被告主張の目印の線はコイルばねの変形に伴ない、素線の円周方向にずれを生ずる旨主張する(請求の原因四、1、(一)、(3)参照)。
成立に争いのない甲第七号証の一ないし七によれば、右「改訂二版ばね」の「3.ばねの計算および設計」の項には、圧縮コイルばねや引張コイルばねについてのせん断応力やたわみの計算式が示され、圧縮コイルばねのたわみの計算式に関して、「つぎにたわみを求めよう。図3・83で素線の表面にある軸に平行な縦繊維ab(「ad」とあるが誤記と認める。)はねじりを受けて微小角度γだけ回転してacになる。したがつて、一断面が他の断面に対して回転する微小角度dψは2γdx/dに等しい。」(第一五三頁第一三ないし第一五行)と記載され、図3・83(〔編註〕後掲)には右回転を表す記載があること、しかし、右計算式は、たわみを便宜上簡明な計算式によつて得ることができるよう、その前提として、中心荷重を受けるコイルばねを展開し、ピツチ角がほとんど変化しないものと仮定した条件のもとで成立したものであることが認められる。
ところで、コイルばねのたわみはピツチ角の変更によつてもたらされるものであり、本願考案におけるコイルばねはピツチ角が変化するものであることは明らかであるから、ピツチ角が変化しないことを前提とする、「改訂二版ばね」記載の前記理論は、本願考案におけるコイルばねの素線が回転するものであることを裏付けるものということはできず、原告の前記主張は採用できない。
また、原告は、被告が原告の主張に対する反論中で、コイルばねを伸張させてピツチ角がοからαに変化した場合は別紙説明書記載の図面のようになることを前提としてコイルばねの原理を説明しているのに対し、別紙説明図第一図の記載をもとに、コイルばねSをインナケーブルⅠに密嵌しているときには、コイルばねSの内径がインナケーブルⅠの直径より小さくなることはないから、コイルばねSのピツチ角がοからαに変化した場合、素線の断面aはインナケーブルⅠに密嵌したまま断面cに移動し、このときコイルばねSの一巻きの長さが増大するから、コイルばねSの内周面がインナケーブルⅠの外周面に対して滑りを生ずることは明らかである旨主張する(請求の原因四、1、(一)、(4)参照)。
しかし、その用途からいつて、インナケーブルが弾力性を有する材料で構成されていることは明らかであり、インナケーブルⅠを密嵌しているコイルばねSのピツチ角がοからαに変化し、コイルばねSの素線の断面がaからbへ移動すると、それに伴ないインナケーブルⅠの直径もD0からD1に縮少するものであり、したがつて、コイルばねの素線の断面がcに移動することはないと考えられるので、原告の右主張はその前提において理由がないものというべきである。
(二) 次に、原告は、請求の原因四、1、(二)記載の理由によつても、コイルばねをインナケーブルに密嵌したものの曲げこわさは、両者の個々の曲げこわさの和より顕著に大であることが説明できる旨主張するが、以下説示するとおり右主張は理由がないものというべきである。
まず、原告は、別紙説明図の第二図に実線で示すように素線間の隙間がοとなるように密着するか、又は素線間に小さな隙間があるようにして螺旋巻きした構造のコイルばねSをインナケーブルⅠに密嵌したものにおいては、それを湾曲させると、素線間の隙間がοのものでは湾曲の最初から、また、素線間に小さな隙間があるものでは湾曲の途中から、曲げの内側で素線同士が密着するので、いずれも曲げの内側において縮むことができず、コイルばねSとインナケーブルⅠとの間に滑りが生じ、その滑りが、コイルばねSをインナケーブルⅠに密嵌したことによつて生ずる両者の間の摩擦力により制限され、両者が互いにその変形を拘束し合うことによつて曲げが抑えられて、組合わせ物としての曲げこわさは個々の曲げこわさの単なる和より著しく大きくなる旨主張する。
確かに、右のような構造を有するコイルばねをインナケーブルに密嵌した場合には、原告主張のような現象が生じ、個々の曲げこわさの和よりも比較的に大きな曲げこわさが得られるであろうことは否定できないが、その程度は明らかでないのみならず、そもそも本願考案は、コイル状補強ばねが右のような作動を伴う構造のものであることを要旨としているわけではないから、原告の右主張は、本願考案の要旨とされていない構成に基づくものであつて採用できない。
次に、原告は、湾曲しても曲げの内側において素線同士が密着しないような、素線間の隙間が大きいコイルばねをインナケーブルに密嵌し、それを上下方向に湾曲させた場合、コイルばねの素線はインナケーブルの全周にわたつて斜めに巻き付いていて(同第三図参照)、その中心線は相当大きい軸心方向の成分を有するから、右素線のうち別紙説明図の第四図の軸心方向と平行な上下の丸棒Y1、Y2に相当すると観念される部分(曲げの内側と外側に当たる部分)はインナケーブルとの間に滑りが生じ、この滑りが、前同様の理由により曲げこわさの著しい増加をもたらす旨主張する。
本願考案において用いられるコイル状補強ばねのピツチ角は特に限定されていないが、前掲甲第七号証の一ないし七によれば、通常使用される圧縮コイルばねのピツチ角は一〇度以下である(「改訂二版ばね」の第一五二頁下から三行)ことが認められ、右事実によれば、コイルばねの円周方向の成分に対する軸心方向の成分の比率は、一般的には相当低いものであると認めざるを得ないところ、コイルばねの素線における右のような軸心方向の成分と、別紙説明図の第四図に示されている大径の丸棒Xの外周に軸心方向と平行に配置された小径の丸棒のうち上下の丸棒Y1、Y2の軸心方向の成分とが力学上同等のものであると評価し得る資料はない。したがつて、大径の丸棒Xに小径の丸棒Y1ないしY4を軸心方向と平行に密着して配置したものを右第四図の鎖線で示すように上下方向に湾曲させた場合に、大径の丸棒Xと上下の丸棒Y1、Y2との接触面で滑りを生ずることがあるとしても、コイルばねをインナケーブルに密嵌したものにおいても、コイルばねの素線のうち原告主張の曲げの内側と外側に当たる部分に滑りが生ずるとは必ずしもいえないのであつて、原告の右主張は理由がない。
2(一) 成立に争いのない甲第九号証(昭和六〇年四月一七日付試験報告書)によれば、原告が、素線径〇・二二mm、直径二・〇mmのインナケーブル(撚り構成(七×七)四九本撚り、材質SUS三〇四)、素線径〇・三mm、内径がそれぞれ二・〇mm、二・一mm、二・三mmのコイルばね(材質SUS三〇四)で素線間の隙間がそれぞれ〇mm、〇・一mm、〇・三mm、〇・六mmのものを用いて行つた曲げ剛性測定において、たわみ二〇mmに対する荷重量(単位g)は次表のとおりであつたことが認められる。
<省略>
右認定事実によれば、内径がインナケーブルの直径と同一(二・〇mm)のコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの曲げこわさと、内径がそれぞれ二・一mm、二・三mmのコイルばねを右インナケーブルに嵌合したものの曲げこわさとを、コイルばねの素線間の隙間がそれぞれ同一であるものにおいて比較すると、前者がいずれも大であることが認められる。
ところで、前記のとおり本願考案における「密嵌」とは、コイルばねの内周がインナケーブルの外周に常時接触していることを意味するものであるが、コイルばねの内周とインナケーブルの外周との接触圧力がどの程度のものであるかということは要件とされていない。しかし、コイルばねの内周がインナケーブルの外周にどの程度の接触圧力をもつて巻き付けられているかによつて曲げこわさの程度が左右されることは技術的に自明のことである。ところが、前記測定に用いられたコイルばねの内径が二・〇mmで、インナケーブルの直径も二・〇mmのものは、右内径と直径とが同一であることによつて、コイルばねをインナケーブルに「密嵌」したものであるといえるとしても、コイルばねの内周がインナケーブルの外周にどの程度の接触圧力をもつて巻き付けられたものであるかは明らかではない。このように、一方において、本願考案において前記接触圧力の程度いかんが要件とされておらず、他方において、前記測定用に用いられたコイルばねにおける接触圧力が明らかでない以上、前記曲げ剛性の測定結果をもつて、直ちに、本願考案においてコイルばねをインナケーブルに密嵌したものの曲げこわさを示すものであると評価することはできない。
また、前記測定結果に基づいて考察しても、本願考案はコイルばね素線間の隙間について規定していないが、内径が二・〇mmで、素線間の隙間がそれぞれ〇・三mm、〇・六mmのコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの荷重量は、インナケーブル単体の荷重量それぞれ一・二倍、一・一倍であり、内径が二・〇mmで素線間の隙間が〇・三mmのコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの荷重量は、内径が二・一mmで素線間の隙間が〇・三mmのコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの荷重量の一割強増しであり、また、内径が二・〇mmで素線間の隙間が〇・六mmのコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの荷重量は、内径が二・一mmで素線間の隙間が〇・六mmのコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの荷重量とほぼ同一であつて、少なくとも右の範囲における比較対照においては、コイルばねをインナケーブルに密嵌することによつて曲げこわさが著しく増大しているとすることはできない。
そうすると、内径がインナケーブルの直径と同一(二・〇mm)のコイルばねをインナケーブルに嵌合したものの曲げこわさは、内径がそれぞれ二・一mm、二・三mmのコイルばねを右インナケーブルに嵌合したものの曲げこわさより大であるという前記測定結果から直ちに、本願考案のようにコイルばねをインナケーブルに密嵌したものは、密嵌しないものに比較して、その曲げこわさが顕著に増大するものであると認定することはできない。
(二) 次に、成立に争いのない甲第一〇号証(昭和六〇年七月一日付試験報告書)によれば、原告が、素線径〇・二二mm、直径二・〇mmのインナケーブル(撚り構成(七×七)四九本撚り、材質SUS三〇四)、嵌装部材として内径がそれぞれ二・〇mm、二・二mmのA四一〇(硬さ四〇度)、A六一〇(硬さ六〇度)、A八一〇(硬さ八〇度)のゴムスリーブを用いて行つた曲げ剛性の測定において、内径が二・〇mmのゴムスリーブを用いたもののたわみ一四mmに対する荷重量(単位g)は次表のとおりであり、ゴムスリーブの内径が二・二mmのものの曲げこわさも右測定結果とほとんど差がなかつたことが認められる。
<省略>
右認定事実によれば、インナケーブルにゴムスリーブを嵌合したものの曲げこわさは、インナケーブルとゴムスリーブ各単体の曲げこわさの和程度のものであること、また、ゴムスリーブの内径が二・〇mmのものと、二・二mmのものとをそれぞれインナケーブルに嵌合したものの曲げこわさにほとんど差がないことが認められる(第二引用例記載のもののようにインナケーブルにゴム等の弾性体から成るスリーブを嵌合したものの曲げこわさは、スリーブがインナケーブルに密嵌しているか否かにかかわらず、両者の個々の曲げこわさの和程度であることは、前記のとおり当事者間に争いのないところである。)。
右のとおりゴム等の弾性体から成るスリーブをインナケーブルに密嵌したものの曲げこわさは、個々の曲げこわさの和程度のものであるが、別の観点からすれば、右のものは、その一体的効果によつて少なくともスリーブ自体の曲げこわさ分の向上をもたらしているといい得る。
これを甲第九号証の試験報告書記載の前記測定結果と併せ考えると、本願考案のようにコイルばねをインナケーブルに密嵌することによつてもたらされる曲げこわさが、第二引用例記載のもののもたらす曲げこわさを顕著に上回るものであるとは認め難い。
4 前記2、3項において検討したところによれば、コイルばねをインナケーブルに密嵌したものの曲げこわさは、単体個々の曲げこわさの和より著しく増大している旨の原告の主張は理由がなく、したがつて、右主張を前提として、本願考案の作用効果は第二引用例記載のものの作用効果と根本的に相違し、第二引用例記載のものの作用効果から当業者がきわめて容易に予測できるものではないから、「本願考案と第一引用例記載のものとの前記相違点による本願考案の作用効果は、第二引用例記載のものの前記構成の作用効果と格別相違しないか、又は少なくとも同作用効果から当業者がきわめて容易に予測できる程度のものである」とした審決の判断は誤りである旨の原告の主張は理由がないものというべきである。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
弾性を有する金属線よりなるコイル状補強ばねを、インナケーブルの端部に、該インナケーブルの先端が適当量突出するように密嵌し、前記補強ばねの一端と前記インナケーブルの突出端部とを接続金具に一体状に固定してなることを特徴とするインナケーブルの端末金具。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本文中に摘示された図面3・83は左のとおりである。
<省略>
〔編註その三〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
(以下省略)